殺人犯も被害者も次々に移行していくミステリーがあったら面白いのではないかと考えたことがあったが、まさに本作ではそれが見事に描かれていた。しかも、前の殺人事件の被害者が次の殺人事件の被害者になっている=死者が犯人となっている(阿武澤には篠原への殺意はなかったと思うが)ため真相にたどり着くのは容易ではない。毒を飲まされたことを悟った人間が毒を吐き出そうともせずアグレッシブに(笑)殺人を犯すだろうか、とか体を真っ二つにされた人間が上半身だけで動けるだろうか、とか細かい部分で多少無理はあるもののそんなこと些事なことだと思えてしまうほどのインパクト、魅力のある作品だと思う。読み返してみるとなるほどと思えるエピローグもそうだし、途中途中で出てくる暗示的な地の文もそうだし、篠原の視点で描かれている部分で京華と蓑田の死については疑問に思っていないことからも十分にヒントは明示されており実は非常にフェアな作品なのではないかと感じた。それでも最後まで真相に気付かせない描き方(阿武澤が篠原に蓑田の腕を見せるシーンなどさも連続殺人犯が現れたかのように誤認させる)が見事。私の好物である「そして誰もいなくなった」型の展開で、かつずっと胸にしまっていたトリックが見事に描かれており(特に一見不可能な蓑田による京華殺しを篠原による蓑田の死体遺棄と絡めて成立させている点は見事)非常に胸を熱くさせられた。その分被害者の名前を組み替えると「美島の罠」、「死の命題」という文字が浮かび上がってくるというラストは蛇足に感じた。また、この作品は阿武澤の遺作、となっているようだがその設定もいらないと思う。
★★★★(4.5)